落語のすすめ

愛狂亭 三楽

昭和56年度、教員生活2年目の学級文集に掲載したものです。
文体がおかしかったり、解釈の間違いもあったりしますが、
その当時の自分の記録としてそのまま掲載しました。

 

落語「何、それ。ああ、テレビの笑点でやっているやつか。」などと、4月の初め、先生の特技を聞いた君たちは言ったものです。それが今では、落語をもっとやってほしい。」と言ってくれたり、落語の本を読んだり、テレビを見たりして好きになってくれた人もいて、とてもうれしく思います。

世間では落語が好きだと言うと、「あれはおじいさん、おばあさんが好きなものだ。年寄りみたいだな。」とか、「じっと聞いていても何にもおもしろくないものだ。」などと言って、少し変わっているように見られます。また、「落語ができます。」と言えば、それは大変です。「ええ?あんな馬鹿なことをやるの。落語をやるなんて、ろくな人間じゃない。」などと、人を奇人みたいに思う人もあります。でも、もうみんなは知っていると思いますが、落語とは、そんなものではないのです。

落語という芸能はとても古く、できたのは戦国時代だと言われます。織田信長や豊臣秀吉、徳川家康が生きていた時代に始まりました。初めから落語家なんていませんでした。初めは、「おとぎの衆」と言われていたのです。侍が戦(いくさ)で疲れたとき、今ではテレビなんかがあって休憩できますが、昔はないので、その「おとぎの衆」をそばに呼んで、ないかおもしろい話をさせて、それを聞いて疲れをとったのだそうです。今で言えば、総理大臣が仕事で疲れたので、だれかを呼んで話を聞くのと同じです。ですから、落語というのは、初めはとても偉い人だけが聞いていたとても高級な芸能だったのです。

江戸時代になると、それが普通の人でも聞くようになりました。なぜかというと落語というのは、だれが聞いても楽しいし、おもしろいし、また、大変ためになったからです。

昔の人のほとんどは、字を読んだり書いたりできませんでした。どうやっていろいろなことを知るかというと、耳から聞いて覚えるのです。いわゆる「耳学問」というものです。だから、字を読んだり書いたりすることのできない人にとっては、落語を聞くということは、本を読むくらい勉強になり、いろいろなことを知ることができたのです。

「先生、落語を聞いていて勉強になるのですかあ」と聞く人もいるでしょう。なるのです。教科で言えば道徳です。残念ながら、先生は君たちにそんなすばらしい勉強になるような落語を話すことはできませんでした。もちろん、先生が話した落語はだめな落語ではありません。とても良くできたいい落語です。しかし、それよりももっといい落語がたくさんあります。どんなものがあるかというと、例えば、「子別れ」なんていう話があります。これは、夫婦がけんかして別れてしまったのですが、子どもがいたために、それもとても純真な素直な子どものおかげで、もとのさやにおさまる話です。この話を聞くと、いろいろなことが分かるのです。知るのです。人は短気を起こしてはいけないこと、一生懸命働かなくてはいけないということ、自分のことばかり考えていてはいけないこと、子どもはとても大切だということ、自分に正直でなくてはいけないことなど、先生が1年間君たちに話してきたことが、わずか40分の話の中につまっているのです。昔の大人の人や子どもは、そんな話を笑って聞きながら、いろいろなことを知り、心豊かな人になってきました。つまり、テレビ、ラジオのなかった昔の人にとっては、落語は唯一の娯楽であり、学問だったのです。

現代は、文明が発達して、映画やテレビ、ラジオをだれでも見ることができるようになったし、だれでも本を読め、また、小学校、中学校へ全員がいけるようになり、江戸時代の人ほど落語というものが必要でなくなってしまいました。したがって、落語というものを聞く人もグンと減ってきてしまいました。一つには、今言ったように落語以外に手軽な娯楽がふえてきたこと、落語の中に難しい言葉があり、内容がよくわからなくなってきたことがあります。

しかし、君たちは先生のやる落語をよくわかってくれたし、よく笑ってくれました。もちろん、君たちにわかりやすいように言葉を直したり、説明をしてやりましたが、本当の通りやってもかなりわかってくれました。そうなのです。落語は、実は難しくも古くもないのです。いくら、武士の話でも、その中に出てくる人間の心は、少しでも現代人と変わっていないし、人と人との接し方、ふれあいも全く今と変わりないのです。君たちのような幼い子が聞いても理解でき、おもしろいわけは、そこにあるのです。

落語というものは、世間の一部の人が言っているようなものではないことを知らせたいこともあって、落語を聞いてもらいました。また、落語の良さをわかってもらいたくて、この文を書きました。すこしは分かってもらえたでしょうか。一番いい方法は、一度プロの落語を聞くことです。落語を商売にしている人のナマの芸を聞いてみてください。きっと素晴らしいものだとわかると思います。

君たちが少しでも日本の伝統話芸を愛してくれることを祈っています。

 

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