チャレンジャー
月曜トーク
ホープさん
(1991.5.6読売新聞)
に取り上げていただきました

 落語は、祖母が浄瑠璃の語りをやっていた関係か,中学のころから講談の白浪五人男のせりふを覚えたりして遊んでいたのが、だんだんと体に染みついていたのかもしれません。大学の時は、落研(落語研究会)に入っていました。芸名は「夢乃浮橋」。寄席、高校の文化祭、老人会などにたくさん出演したんです。

 就職してからも、後輩と一緒になって出たこともあるんですが、今は企画する方が楽しい。見る、やる(演じる)、聴かせる、とある中で一番いい。違ったおもしろさでしょ。落語のプロになるか、会をやるかのどっちかでしょうね。

            ◇

 小牧落語を聴く会がスタートしたのは、昭和63年11月から。生の舞台に接することが難しい地方で、「1年に3回ぐらいでやってみようか」と、落研のOB同士の連絡で、一宮、稲沢、小牧な
どに呼びかけた。小牧にしたのは、以前、勤めていて土地鑑があり、知人もいたから。「小牧に
良質の落語会を定着させたい」と思ったのです。

 会に招いているのは、基本的に若手および中堅の真打ち。電話で、本人と直接話して依頼します。「タレント性があって、実力がある人」と、欲が深いんです。自分が聴きたい人でないと、自信を持って呼べない。落語家とともに、こちらも (芸に)厳しいという姿勢でいかないと。

 会はこれまでに8回やりました。第1回の古今亭右朝から、桂文太、古今亭志ん橋、笑福亭福笑、桂雀三郎など。いい人を呼べている。10年、15年たてば、落語界の大きい看板になる
人たちではないかな。

              ◇

 それでも運営は赤字。会員が230人ぐらいで、参加者は毎回、70から80人。今度、会費を300円値上げして1300円にしたけど、やっぱり赤字です。これは、あと二人の世話人らとで補てんするんです。
たとえ赤字でもこれだけのメンバーを呼び続けられればいい。続けることが大事で、とにかく続けたい。
 この間、2度日のアンケートをしたら、若い人が「テレビでも落語を聴くようになりました」と書いてきた。よしよし、とうれしい気がしました。
 柴田竹朗(しばた・たけろう)一宮市生まれ。

           ホームへ