コンピュータに働きかけて得た情報から数学授業を創る
10年程前から、コンピュータを活用した数学授業に取り組み始め様々な実践を試みてきた。その間、コンピュータの機能は上がり、最近ではインターネットを活用した授業まで展開できるようになった。
しかし、実際の数学授業での活用となると、コンピュータの高度な機能が必要である場合は少ない。機能が上がれば上がるほど、むしろ、コンピュータをどのような考え方で、どの場面で、どう使うかが重要になってきている。確かに子どもたちは美しい画像や音声等に魅力を感じ、関心を寄せるが、それだけで支えられたコンピュータ活用では、授業に知的な高まりをもたらせるとは思えない。実際に、機能の説明や操作理解に時間が取られてしまい、一人一人の考えを元に全体で共有化を図る時間がなくなってしまった授業をいくつか見てきている。
ここでは、コンピュータを「働きかけることによって情報を得ることができる単純な道具」として考え、得られた情報を元に、どのように子どもたちとともに授業を創っていったのかを2つの実践を基に述べる。そして、今後、ますます情報化が進展し、ネットワーク活用を含め多様なコンピュータ実践が生まれてくる時期に、コンピュータの単純な活用でも生き生きとした授業を創造できることを提言したい。
コンピュータを「数学発見の道具」として次のように位置付けている。
子どもたちがコンピュータ上で作られた擬似的な世界で、コンピュータと格闘(情報のやりとり)をしながら、その世界の謎を解いていく。それらの活動を通して、知らず知らずのうちに、数学の概念や原理・法則を発見していくことができる道具 |
また、授業の流れの上から、コンピュータ活用を次のように考えている。
@ 問題設定がコンピュータ上で行われている。したがって、コンピュータがなければ問題が成立しない。 A 子どもたちの第一の活動は、コンピュータに働きかけて情報を得ることである。子どもたちがどんな働きかけをするかが、問題解決にあたっての鍵となる。そこに一人一人の数学的な見方や考え方が発揮される。 B 子どもたちの第二の活動は、コンピュータに働きかけて得た情報をどのように整理し活用するかということである。この段階でもいろいろな数学的な見方や考え方が発揮される。 C 情報を整理しながら得た仮説をコンピュータに働きかけて確かめることができる。 |
以上の観点から、いくつかのソフトウエアを自作した。また、市販のソフトウエアを上記の@〜Cの観点にしたがって活用し、いくつかの授業実践を試みた。
3 実践「☆☆☆をそろえよう」
(1)授業のねらい
様々な観点から数の集合について考えさせ、同じ数の集合でも多様な表現ができることを実感させたいと思い、授業を構想した。
そのために、子どもたちが自ずと数の集合について考えることができる仕掛けを作ること、また、様々な表現ができる問題設定をする必要があると考えた。
仕掛けについては、コンピュータを使うことにした。子どもたちがコンピュータに働きかけ、返ってきた情報を基に問題に隠された条件を考えるという学習場面を設定した。また、設定する数の集合を「偶数、倍数、約数、素数」とし、子どもたちなりに多様な表現が考えられるようにした。
使用したソフトウエアは、「マルチブック数学1年:☆☆☆をそろえよう」(株ベネッセコーポレーション)である。このソフトウエアのアイデアは私自身が提供したものである。
問題ごとに決められている条件に合致している数を入力した場合のみ☆印が表示されるソフトである。
例えば、☆が出るように設定されている数の集合が「偶数」の場合、2,4,6などの偶数を入力したときは、「☆」が情報としてコンピュータから返ってくる。それ以外であると、なんら反応はしない。
たったこれだけの単純なソフトである。問題ごとに隠されている条件が違い、いくつかのバリエーションが用意されている。今回の実践では、「偶数」「5の倍数」「24の約数」「素数」を扱うことにした。
その中でも特に「素数」に重点を置くことにした。中学1年生の学習内容には「素数」は入っていない。したがって、当然、「素数」という用語は知らない。こういう条件のとき、子どもたちはどのように数の集合を確定するのか、また、どのように表現するのかを実践を通して探ってみることにした。
ノートコンピュータを13台用意し、3人1組で取り組ませた。あらかじめソフトを立ち上げておき、ノートコンピュータの蓋を開けるとすぐに取り組めるようにしておいた。
「☆☆☆をそろえよう」という授業タイトルを板書し、「コンピュータの蓋をあけてごらん」と指示をした。そして、「君の好きな数をコンピュータの初めのマスに入れてごらん」と指示をした。すると、それぞれのグループが様々な数を入力した。
「何か変化があったグループは?」という問いかけに「☆が出てきた」という返答をしたグループがいくつかあった。「どんな数を入れると☆が出るの?」というつぶやきも聞こえた。そこで、それぞれのグループの入力した数とその反応を板書した。
この段階で、問題把握ならびにコンピュータ操作の説明がすべて終わっている。なぜならば、コンピュータに働きかけるとコンピュータは何か返してくること、この課題の場合はある数に対して☆を返してくること、そして、操作は単純に数を入れるだけのことであることを子どもたちは理解したからである。
板書を見て、「2の倍数をいれればいい」という声が上がった。問題が単純なために、すでに予想をした子どもがいたが、タイトルのように「☆を3回続けて出す」ことが目標であること、どんな数を入力すると☆が出るかを考えることが大切であることを補足した。また、いろいろな表現ができるとよいことを知らせた。
質問を受け付けたところ、「負の数は入力できるのか」「小数はいいのか」「分数はどうか」といった入力できる数についての質問があった。数に対してすでに考えが広がっていることをほめ、正の整数のみ入力できることを確認した。
この問題については、☆が出る情報が黒板に書かれているため、それを見て、どんな数を入力すると☆が出るかを話し合った。
多様な表現を求めたところ、「偶数」「2で割り切れる数」「2の倍数」の3種類が出された。
次に、問2「5の倍数」、問3「24の約数」に取り組ませた。操作方法で戸惑うグループはない。どのグループも数を自由に入力し、返されてきた情報を基に、表現方法について積極的に考えていた。
机間指導をしているさいに、子どもたちが得た情報によって、集合のとらえ方が違ってくることに気づき、それを話し合いで取り上げることにした。
問2について、あるグループは、「10、20、100」といった数しか入力をしていなかった。問2は5の倍数であれば☆を返してくるので、10、20、100でも当然☆を返してくる。ところがこれだけの情報では、5の倍数として確定はできない。したがって、そのグループは、問2は「10の倍数」であると判断をした。当然と言えば当然である。
このソフトは、自分の予想が本当に正しいかどうか確かめるために、「やり直し」ボタンが備わっており、☆が3回そろっても何度でも数を入力することができるようになっている。それを使わないで、わずかな情報で判断したために起こった現象である。これは授業として、まさに貴重な情報だと判断し、話し合いで取り上げることにした。
「10の倍数」と確定したグループにとっては気の毒な展開であったが、意図的指名を行い、初めに発表させた。するとざわめきが起こり、すぐさまいくつかのグループから手が挙がった。「5や15を入れても☆が出たので5の倍数です」という発表を聞いて、そのグループの生徒は「えっ」という表情をした。
改めて入力をさせ、確かに「5」でも☆が出ることを確認させた。その後、「やり直し」ボタンの意味やできるだけ多くの情報から判断する必要性を話し、「24の約数」について簡単に扱った後、「素数」の問題へ授業を進めた。
子どもたちは、前述したように「素数」という言葉はもちろん、そういった数の集合についてはまったく未知である。
今度の場合は、それまでのように☆をなかなか出すことができないため、1から順に数を入れ直すグループがいくつか出てきた。的確に情報をつかむための一つの手段である。1から100まで調べ上げたグループも出てきた。また、☆が返ってきた数をノートに書き、じっくり考えるグループも現われた。
しかし、今まで学習した数の集合の中に当てはまるものがないため、生徒の動きは芳しくない。「情報は得られるだけ得たのに分からない」といった感じのグループもある。
机間指導で心がけたのは、子どもたちのつぶやきを拾うことである。そして、それをどんどん板書していった。思考の段階で出てくるつぶやきは、学級全体の思考を支援しあうために貴重な情報となることが多い。また、互いの取り組みの様子も分かり、授業を活性化する手立ての一つとなる。
【板書したつぶやき】
・ 2だけがじゃまだ。2がなかったら全部奇数だ。
・ 奇数でもいいのと悪いのがある。
・ なぜ、2だけ入っているの?
・ 倍数や約数じゃない。
・ 先生たちの年齢じゃないの?
・ 3以外は3で割り切れない。
・ めちゃくちゃな数とでもしておくか!
・ もう少しで分かりそうだ。でも、うまく言えない。
・ ☆がつくか、つかないかは言えそうだ。
このようなつぶやきを板書した。拾い集めたつぶやきの中に、「素数」のポイントをとらえているつぶやきを確認し、全体追究を行うことにした。情報整理の方法として、1から100まで書いた表を用意し、☆が出た数字に印をつけることにした。
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すっきりと表現できないグループが多い。そこで、「こういう数はダメだ」ということを発表させることにした。
・ 偶数の列は、2以外全部ダメ。→ 偶数は2以外全部ダメ。
・ 5の列は、5以外全部ダメ。
・ 3の倍数は、3以外全部ダメ。
このようにかなり素数に迫る貴重な発言があった。しかし、子どもたちはまだよく分からないという表情である。今までは、倍数や約数というようにはっきり表現できたからなおさらである。
そこで、上記の3つの発言の価値を読み取らせるために、再度、発言を追ってみることにした。「3の倍数は3以外全部ダメ」ということを基にして、「3の部分をいろいろと変えてみるとどうだろうか」と投げかけた。
すると、一人の生徒が「その数しか約数がない数」という発言をした。まさに素数の核心に迫る発言である。それを聞いて、「あっ、そうか」という声も上がったが、「何?」という顔つきの生徒も依然多かった。再度発言させると、次のように発言した。
「2は2しか約数がない。3も3しかない。でも4は2と4の約数がある。だから、その数しか約数がない数です」と発表した。
2は2しか約数がない。 3は3しか約数がない。 でも4は2と4がある。 5は5しか約数がない。 |
「1は約数じゃないの?」というつぶやきが出て、さらに授業は面白くなりそうなところでチャイムが鳴ってしまったが、中学1年生としては、かなりの追究ができたのではないかと思う。
(1)授業のねらい
実践学年は2年生で、題材は「円」である。作図ツールを操作させることによって、中心角と円周角の関係を発見させようという授業である。本来、円は3年生の教材である。しかし、3年生で扱うと、学習が進んでいる生徒は、すでに円の性質について理解している場合があり、中心角と円周角の関係に驚きを示す生徒はさほど多くない。2年生での試みは、真にコンピュータからの情報を学習に生かす意味でも有意義であると考えた。また、2002年から本格実施される学習指導要領では、円周角と中心角の関係は中学3年生から中学2年生で学習することに改訂されたこともあり、先行実践することにした。
なお、使用ソフトは作図ツールであれば何でもいいが、今回はマルチブック(ベネッセコーポレーション)の中にある作図ツールを活用した。
(2)授業の実際
今回はいきなりコンピュータを活用させることはしない。活用することが必要であるという場面を設定した上で、3人1組のグループでコンピュータを活用させることにした。ノートコンピュータを13台活用した。
a 問題把握
右図を見せ、次のように発問した。
この奇妙な図の中にいろいろな秘密があるのですが、それをみんなの力でたくさん発見したいと思います。ただし、点Oは円の中心、点A、点B、点Pは円周上の点です。 |
図の説明をしたところで、問題へより接近させるために、「この図の中にどんな図形が見える?」と問いかけたところ、「四角形、円、おうぎ形、半円」という答が返ってきた。四角形が見える生徒は頼もしく思えた。
次に、この授業において注目させたい5つの角を絞り込むために発問をした。
「それでは、この図の中に角はいくつあるでしょうか。」
この発問に対して、生徒は意外な反応を示した。なんと、4個、5個、9個、11個、25個の5種類が出されたのだ。こちらが当初予想したのはせいぜい4個と5個の2つであったので、意外な反応に驚いた。9、11、25個と答えた生徒は、角は線で挟まれているところ、つまり曲線で囲まれていても角として存在すると考えていたのだ。こんな些細なことでも確認しておく必要があることがよく分かった。
角が5つあることを確認した後、5つの角の関係を発見することを指示した。
b 個人追究・グループ追究
5つの角に右図のように記号をつけ、5つの角の関係を発見させたところ、この四角形が円上にあるという特徴に注目して考える生徒が少なく、「a+b+p=d、a+b+p+c=360度」という関係が出てきただけであった。
コンピュータを活用して操作させる中で発見ができると思い、まず、発見できた2つの事柄が正しいことを確かめるためにはどうしたらよいかと問いかけた。
「実際に測定すればいい」という素朴な考えが発表され、コンピュータを活用する必然性が出てきたため、ここで初めてコンピュータを活用することにした。
測定機能を利用して角度を測らせ確認した。そして、次のように発問した。
この2つの事柄は円の上に四角形がなくても言えることじゃないか!いいかい、秘密
と言っているのだから、もっと何かが隠れているんだ。ぜひともコンピュータを使って、秘密を見つけてほしい。
このようにして、コンピュータを活用して追究するように促した。また、点P,A,Bは円周上を動かすことができることも付け加えた。
コンピュータの測定機能を利用して、どれほどの事柄が発見できるかを見守った。子どもたちは3人1組でそれぞれコンピュータを操作し、角の変化に注目しながら普遍的なものを見つけようとしていた。
点A,Bを動かして∠Pと∠dとの関係をつかもうとするグループ、点Pを動かして∠Pの変化に注目するグループ、内側にできた四角形の形の変化に注目するグループなどさまざまであった。
コンピュータに働きかけ、すぐさま情報が返ってくるとやはり学習は活性化する。したがって、それぞれのグループから聞こえてくるつぶやきの質も高くなった。
ただし、動かす視点が定まらず、むやみに図形を動かしているグループもある。こういったグループについては、机間指導の中で点Pだけを動かして気づくこと、つぎに点Aを動かして気づくことなど、一つ一つ動かして観察するように指示した。
各グループでの気づきを基に話し合いができるように、それぞれの気づきを黒板に書くように指示をした。
【黒板に書かれた内容】
・ pの角度は変わらない。
・
pが1度増えるとdは2度増える。
・
pが2つでdになる。
・
点Aがどこにあっても、いつでもdはpの2倍
・
a,bは変わる
・
2倍にならないときがある。
・
直角三角形しかつくることができない。
・
点Pを動かしても、p、d、cは変わらない。
・
bが1度増えると、dは1度減る。
・
∠a+∠b=∠p
以上の事柄が出された。中心角(∠d)と円周角(∠p)の関係は、ほとんどのグループで発見された。ところが、逆に変化しない∠pについて記載しているグループは少なかった。変化するものは自然に注目するが、変化しないことにあまり目が向かないグループがあり、それも大切な情報であることに気づかせる必要性を感じた。
コンピュータ測定の関係で、いつも円周角(p)が中心角(d)の2倍となっていないという記録をしたグループがあった。授業で取り上げたところ、「誤差と考えればいい」という考えが出された。コンピュータは正確であるといった感覚を持っている生徒がいるが、測定値はあくまでも近似値で表されているものであり、こういった指摘をうまく活かす必要がある。
情報を十分に共有する時間がなくなってしまい、それぞれが発見したことを説明する形で終わってしまった。一つ一つの気づきのつながりをつけることができると、さらに深まりのある授業になったと反省している。
特筆すべきことは、コンピュータを活用したからこそ出てきた気づき、つまり、紙の上での追究では出てこない気づきがあったことである。
例えば「∠pが1度増えると∠dは2度増える」や「∠bが1度増えると∠dは1度減る」という気づきである。こういった関数的な見方は紙の上での追究だけではまったく出てこない。コンピュータによって、∠pと∠dの角度が同時に表示されてこそ気づく事柄である。私自身、こういう見方もあるのかと子どもに教えられた。中心角は円周角の2倍であるということは分かっていても、円周角の変化による中心角の変化を考えてみたことは一度もなかった。
また、「点Aがどこにあっても、いつでも∠dは∠pの2倍」という気づきも、点Aを自由に円周上を動かすことができてこそ出てきた表現である。紙だけで考えさせる場合は、いくつかの位置に点Aを置いてみて測定することが考えられる。しかし、コンピュータを操作して発見できるような点Aの連続的な位置の変化にともなう他の変化には、まず気づかない。
「直角三角形しか作ることはできない」という気づきについては、書いたグループに聞いてみるまで、何を意味しているのかよく分からなかった。この班は、最初で表現された四角形APBOに注目し、それぞれの点を動かしながら、いろいろな三角形を創りだそうとしたということである。図形を静的ではなく動的に見ているために、こういった発想が生まれてきたようだ。結局、1辺が円の中心上にあるため、直角三角形しかできないわけである。このグループの中には「どうして?」という問いは確かに生まれていたし、それだけにこだわり続けていた。
コンピュータに働きかけて得た情報を基にした授業作りについて、2つの実践を基に述べた。子どもたちはコンピュータとのやり取りの中で、予想以上の反応を示してくれた。コンピュータの機能としては単純なものでも、設定された課題が適切であること、コンピュータへの働きかけが一人一人の考えに基づいてでき、すぐさま情報を返してくるものであれば、子どもたちの気づきを生かした多様な授業ができることが分かった。また、課題解決への情報を収集し整理するという観点でも、興味深い取り組みができることが分かった。
今回は、数学での授業実践であったが、他教科においても同様な取り組みができると考える。情報をいかに働きかけて集めるか、そして、それをどう解決に結び付けていくか、それを支える力が、各教科が培うべき見方や考え方である。